11日は早朝から群馬県高崎市に1人で出張。
テスト品や書類が多く新宿の会社から車で出て関越道を北上。
順調に午前8時前には上里SAに着き休憩。
8時半頃最初の拠点に到着。
順調に仕事もこなし運命の午後2時46分は高崎市北部で遭遇。
車内にいたが揺れがすごかったですね。
すぐにカーナビのワンセグでチェックし宮城県沖の地震と確認。
群馬県内の拠点や新宿の職場に電話を掛けまくるも通じない。
新宿の職場は超高層ビルで免振構造で揺れが大きくなり日中はほとんど女子しかいない時間帯も多く心配。
カーラジオでは東北地方は報道されるが東京の情報はほとんどなし。
無事であればよいが。
関越道が通行止めになりこのまま高崎にとどまることも考えたが新宿の職場と関東近隣の拠点が心配になり新宿へ一般道で向かうことにした。
途中家族からメールがあり全員無事を確認。子供たちは学校で被災後帰宅している。
しかし妻のもみじは職場から2時間近くかけて歩いて帰宅途中の様子。
タクからの電話が通じたが自宅付近は停電でガス、水道もとまっている様子。

道路は停電のため点いていない信号機も多く警官が交通整理し渋滞し
群馬と埼玉県境の利根川、神流川を渡る橋がどこも渋滞で19時頃やっと埼玉県内に。
幸い国道17号沿いのガソリンスタンド、コンビニは営業しているところもあり心強い。
今後給油やトイレ休憩が自由にできないことも想定しガソリンスタンドに寄る。
しかし17号の渋滞がひどく夜になっても進まない。
行田付近から県道77号へ入り車は流れるが停電であたりはまっくらやみ。
途中いくつかの交差点で事故処理を目撃する。
信号がついていないので出会い頭の事故の模様。
まっくらやみの中、明りが見える。上栢間の交差点のセブンイレブンだ。
ここは停電していなかった様子。
おそらく砂漠の中でオアシスを見つけたときはこのような感じなのでしょう。
店内はすぐ食べられる食品は残っていなかったが、携帯の充電器と日持ちのする菓子類を購入。
桶川付近で国道17号にでたが渋滞がひどく県道51号で川越方面へ向かうことにした。
途中、入間側の入間大橋から東京方面の視界が開けたが火の手も無いようで安心した。
ここまでに東京でも死者がいる等のニュースがあったので本気で心配していた。
川越付近でやっと会社と連絡がとれた。
この時点で22時半。
出張に出た者は帰社できず残った社員は無理に帰宅せず泊まるつもりらしい。
その後も渋滞は続き途中新座付近のスーパー駐車場で休憩し新宿に着いたのはなんと午前5時ごろ。
しかし災害時の措置でエレベーターが停止中で職場のある中層階へは階段で上る。
職場では深夜に私鉄各線が動き始めた時に帰宅を試みた者もいたが駅の混雑ぶりを見て会社に帰ってきたりそのまま帰宅しても帰宅が午前4時ごろになったりと大変だった模様。
私は仮眠したり軽食をとったりして過ごす。
全国の拠点と連絡をとり情報交換して10時半頃会社を後にするが山手線がとまっているため地下鉄を乗り継いで渋谷駅へ。
正午前に帰宅できました。

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